筒井康隆と私


2017年2月24日

筒井康隆著の「私のグランパ」を読んでいる。

昔何度も読んだ氏の小説を久しぶりに古本屋で見てみたらまだ買い求めていないこれが置かれていた。

これを含めて3冊しかなかった。

コーナーが作ってあるとはいえ、そんなことは昔から当たり前の事。

その少なさに残念がって、大先生なのに、と思った。

 

12歳の頃から、筒井康隆は私の神であった。ニーチェのように実際に語り合ったり通い合ったりした記憶のある憧れの神だったら良かったのだが、少女は大日本筒井党にも属せないただの一ファンであって、それで十分満足だった。

神は紙であった、と洒落で思った。当時はあまりに好きすぎて文庫本の表紙裏に印刷された顔写真を近所のコンビニのかすれ気味なコピー機で拡大コピーをして、それをセロテープを裏返して輪にし四隅に張り付けて壁に貼っていた。

まさに教祖崇拝であった。(このように書いて後から面白くなった。)

粗いコピーの氏は、昭和時代に流行ったサングラスをかけていた。どの本を見ても、正面ではなく斜め横を向いたスナップのような写真だった。

 

 もう、20年以上も前のことになる。

2017年2月26日

「私のグランパ」は2時間ほどで読んでしまった。優しくて凄みのあるグランパの世界観に浸って、「あいのひだりがわ」を思い出した。あれにも優しい老人が出てきたはずだ。

あれも、私の手元にはもうないのだ。私の不注意で置いてきてしまったのだ。

そう思ったら苦しくなった。ショックにしばらく黙った。

「あいのひだりがわ」はしばらくぶりに本屋に立ち寄った時に見つけたものだった。忙しくて余裕もなく、小説を読もうと思うこともしばらくなかった頃だった。

あれは、優しい世界観だった。あいと、確か空色の髪を持つ物静かな少年が出てきたはずだ。

あいのひだりがわには彼女を手助けしてくれる頭のいい犬がいた。彼女の左手が動かないからだった。旅をして、品の良い老人も出てきた。老人があいのために泣いたり、頭を下げたり、レストランで美味しい料理を楽しんだりした。

それくらいしか思い出せないのは、一度しか読んでいないからかもしれないし、私が私の記憶を呼び戻さないからかもしれない。

私は言葉と共に生きてきたし、その大半が筒井氏の言葉だった。

私にはもう一人、森瑤子様という女神もいたのだが、筒井氏への想いとはまた大きく異なる。

 

私の持ち物の中にきちんと入っていると思っていた。長年集めたあの小説たちは、発売された日付順にきちんと並べられて、薔薇の柄のファイルボックスに治められているはずだった。いや、薔薇だったか、犬だったか。

12歳や14歳なんてお小遣いも少なく、ハードカバーという装丁の美に当時はあまり興味が持てず、文字が欲しくて古本屋で1冊50円の神のコトバを買った。古本屋万歳と思った。

とはいえ美術が好きで小さい頃から独学で絵を描いていたため、美しいデザインや面白い仕掛けの装丁だと気付いたハードカバーには目がなかった。

だからそのファイルボックスには、「俺に関する噂」の何版目かの派手な装丁や、もうカバーもなく角がへこんでいた藤紫色の格安の「エディプスの恋人」が入っているはずである。

その中には、後にアルバイトをすることになる、歩いて20分ほどのまあまあ大きな本屋で予約して手に入れた「敵」の初版版のハードカバーがあるばずだ。

「敵」は美しい緑色の厚い箱に入っていた。箱にはオレンジ色の帯がかかっていた。紙のざらつきが豪華な雰囲気を醸していた。地味な女子高校生だった私には、それだけで特別なものに違いなかった。

現に嬉しくて、文芸部の顧問で現代文の担当だった教師に自慢した。筒井康隆が好きな女子高生など珍しかったのか、すごいとひとこと言われたのを覚えている。だが文芸部には入れてはくれなかった。もちろんそれで良かった。それにやはり筒井康隆好きな同級生などいなかった。

通っていた高校の図書館には、筒井康隆全集があった。おまけとして全集には原稿用紙が入っていた。万年筆で書かれたいたそれは、直筆の原稿であったが、直筆の原稿を印刷したものであることはすぐに分かった。

それは「おおいなる助走」だったか。スペシャル付録であるにも関わらず何の原稿であったか思い出せないから、あまり真剣に眺めなかったのかもしれない。なぜなら、神の言葉は達筆で女子高校生には読めなかった。そう記憶している。

2017年2月27日

「敵」を思い出している。購入したのは発売日から1週間も経たない日で、高校生であった。

濃いグリーンの箱を外して、それにかかる帯を中にしまった。帯は外す派だった。オレンジ色の帯には神の顔写真があった。正面の顔だった。

表紙は中心の紙のぎぎぎっという音を慣らして開かれ、ぺらんと遊び紙が出てきた。ベージュだったように思う。今は無いので、昔好きだった人のように記憶が美化されているかもしれない。

「敵」には、老齢の大学教授の生活が描かれていた。夫人がシャワートイレの故障でやけどを負ったのを境に性行為が久しくなっていたというところが私の神らしい設定背景で、自分が高校生で設定がそんな内容であったにも関わらず安心して読んだ。

彼の夫人は亡くなってしまうのだが、亡くなってしまって一人で料理をするその描写が大変細かいものであった。料理の手順が詳しく記載されている。

どんな料理だったかは覚えていない。料理のシーンは何度も出てくるし、物凄く細かくて、当時の自分には退屈だったに違いない。

しかしどうしてこの「敵」には老人が料理するシーンが事細かく書かれているのか考えたことはある。当時は何も思いつかなかったし、こうであろうかと想像すらできなかった。

しかし20余年経って思うのは、料理が老人の毎日の中に占める大きな楽しみの一つだったからではないだろうか。食べるという行為と、見た目や行程にこだわる男性特有の職人気質で、料理が割と好きだったからではないかと思う。そしてそれ以上に、食べるという原始的な欲がこの老人にとって大きな意味を持っているからなのだと思った。

老人は大学教授であったから、教え子がいた。美しく、彼から見ればそれは少女であった。その彼女との様々な行為をたびたび想像している老人が描かれていたと思う。これも原始的な人間の欲求であり、もうそれくらいしか楽しみがないというのを前提で、もうそんな原始的な欲求に近づいているということが老いであり、その静かに迫りくる老いが敵なのだと、そんな風に今なら思う。

物欲はなかったような雰囲気で、物欲にまみれて人目も気にせず露わにする夫人の親戚筋の女性をたしなめたシーンが印象的であった。

 

この本を、最後まで読んだ記憶がない。高校生であったならまだしも、その後特に20代に入ってからの記憶はない。だから読んでいないのかもしれない。でも最後のシーンは雨がしとしと降っていて、それを和室から眺めている静かなシーンであった記憶がある。いや、雨はたびたび降っていたかもしれない。それが老人の心象風景だから。

記憶は年を重ねるたびに仲良くなる友人のようなものかもしれない。もう手元にないから、美しい記憶のままで良いのかもしれない。