手を合わせる話。

はいどうも~花粉症にはまだなっていないあまねですよ。お元気かしら?

 

でもね、目がかゆいの、目が。なんちゅうか、乾燥?

いやだめだめ、認めない。病は気から!←元医療関係者の言葉

さて3月ですね。

毎月どういうわけか1日に休日を取っているので、

今月も世間が月替わりを話題にしているなか

県境を超えて休日を満喫してきましたよ。

今月は東北大震災のあった『3月11日』がありますので、

そんなことを書いてみたいと思います。

 

被災して移住して、それから今の生息地におります。

もう7年だって。歳も取るわけですわ。

 

来て慣れない土地にあたふたして、

楽天に店を出して自営になって、

ついでに占い師デビューして、

近所の超有名な寺の住職と哲学やら文学やらを語り合う仲になったりして、

 

それで数年が過ぎた時に、

「手を合わせる場所が欲しい」

と思うようになりました。

これはそれまでにはない感覚でした。

 

仲良くなった住職が仕切る寺は歴史的超有名人が眠っているとあって、すっかり観光寺になっていて、

正直言って

「手を合わせても”神”が住んでいない感じがする」

お寺でした。

 

満たされないのでどうしたものかと思っていたんだけども、

元々神社好きだから何件か回ってみて、

それでついにその地域すべての神社に行きつくしてしまいました。

そんな折に、祖母から手紙が届きました。

宛名も差出人も支離滅裂な文字が並んでいて、

それは日本にない文字になってしまっていたのですが、

なぜか私のところに届きました。

 

東北出身者が私しかいない地域なので、それで届いたのかもしれない。

郵便屋さんは「カンです。こちらかなと思って」だって。

ありがたいけど、カンで渡しちゃだめでしょ。

 

そんなタイミングで届いた手紙がなんで支離滅裂なのかと言えば、それは祖母が目を患ってしまっていたからで、10年以上も不通の可愛い孫を心配してのものでした。

 

その時すでに悟ってはいたのだけど、

その数年後に祖母は亡くなっていました。

(いつもだいぶ後になって知らせが来る)

あの支離滅裂な手紙を捨ててしまったことが悔やまれます。

連絡しろと書かれていたのにしなかったことを、今でも後悔します。

 

 

時は流れて。

最近になって急に

「神棚が欲しい」

などと思うようになりました。

 

これは以前の

「手を合わせる場所が欲しい」熱の延長なのかもしれませんが、

幸運なことに、現在は神棚が作れる環境に住んでいるため、

思い切って去年末~今年にかけて作ってみました。

というわけで、我が家の神棚です。

 

あーうちの神棚、ものすっごい可愛い!!!

 

フラワーアレンジメントをやっていたのに

お榊を飾るセンスはありません。

あるとも思ってません。

なぜか絵馬の三日月がかかっており、

なかなかに厨二臭のする神棚になっています。

 

でもいいんです。

だってすっごく可愛いから!!!

 

金箔の浮かんだお神酒もいい。

ものすごい速さで蒸発します。

いったい何の自慢なのでしょう。

好きなものを置く棚と化している我が家の神棚は、

 私の満足が詰まった落ち着く場所になっています。

 

そしてキツネが好きです。

イヌ科だからじゃないです。

生まれた時から、私は稲荷に縁があります。

祖母と何度も行った神社も稲荷です。

そんなわけです。

 

要は、どっかの有名な寺で手を合わせるより、

 

こちらのほうがよほど”神”を感じる場所なのです。

 

手を合わせるというのはこうこうこうで・・・

というのをミッション系の高校で習いましたけども、

(宗教の試験にも出たよ)

それに似た落ち着きを感じます。

協会も好きでした。

 

 

そしてまた少し経って、

先日、祖父が亡くなりました。

亡くなった時の「朝の3枚引き」では、

大魔術カードの「魔王」

ルノルマンカードの「紳士」「棺」

でした。

ああ、私とうとう死ぬかもと思いました。

 

が、その日はつつがなく終わったので不思議に思っていたら、

1週間して弟から祖父が亡くなったという知らせが来ました。

いつもどおりリアルタイムでなく、

1週間も遅れて。

こんなに腹の立つことってあります??
私は占いをぜひ「予測」に使いたいといつも思ってきましたけども、

気付くのが後からって、とても嫌。

検証して当たってたって、役に立たないもの。

自分の「当たる占い師」の証明っていります??

 

とか言って。

 

祖父の死は仕方のないことで、

事前に知っていても止められないし、

むしろ104歳の大往生だったので

お疲れ様感があったのですが、

20年以上前に入れたペースメーカーが良く働いてくれたおかげで、と言えるんでしょう。

 

さらにその数日後、

「朝の3枚引き」で

「棺」と「手紙」が出ました。

死亡通知書??

遺産なんとか書????

まったく次はなんなのだね。

 

考え続けていたら、弟からLINEで

お墓の場所を知らせる通知が来ました。

まったく良くできていますね。

弟に聞いたら密教系のお寺さんのお墓でした。

祖父はお墓を持っていないおうちなので、

祖母が亡くなった時に初めて作ったお墓なのです。

何か違和感がありましたが、弟の言葉で分かりました。

 

弟が「墓石に不思議な三文字が書かれてたんだよねー」

なんだっけーなんだっけー言うので

もう催眠でもかけて無理矢理思い出させてやろうと思っていたら、

文字は「奥都城」だと判明。

 

違和感に納得しました。

「奥都城」は「おくつき」と読んで、

神道の氏子の墓に書かれる言葉なのです。

神社関係者は「奥津城」となりますが、

氏子は「奥都城」になります。これ豆ね。

でっかい神社の向かいに家を構える祖父宅は、

特別確認したことはなかったけれども神道で、

その神社の氏子だったのです。

 

小さいころからその神社にお世話になって、

例大祭には必ず行って、

犬の散歩でも神社に行って、

祖父も伯父も従兄弟たちも皆お祭りの行列に参加する側の人間で、

それそれは身近な存在でした。

 

だからもっと甘ったれて考えたい。

それが「手を合わせる場所が欲しかった理由」だったり、

「神棚を欲しがった理由」だったと思っても良いんじゃないかと。

 

祖母から手紙が来ても連絡することなく過ごした後悔を今さら昇華したいとか罪滅ぼししたいとかいう自分勝手な感情も内包して、

それで神棚を作ったのだとしたら、

 

それで辻褄が合うなと思うのです。

 どうしても寺じゃ嫌だった理由として。

 

私はけっこう淡々としていて

身内の死を感傷的に捉えることはあまりないのですけど、

だから神棚を欲しがったことに意味があったのだと

そう考えたほうがしっくりきました。

それこそ後出しだけどもね。

 

そんなこんなで、神棚に手を合わせると

そこに何がいるのか知っているから、

落ち着くのであります。

 

あ、それと、ルノルマンカードには今も感謝してる。