お金の話。

はいどうも、暖かくなってくると一応「痩せなきゃ」って言ってみるあまねですよ。お元気かしら。

 

まあ、毎年言うよね・・・。

・・・・・・。

(これに関して言うべきことは何もない)

 

さて春なんですけど、全然関係ないお金の話を書きたいと思います。

ここ数か月、ちょっと気になってたんです。

 

私アファメーションが習慣化しているので、

最初のうちはお勉強に色んな方のサイトを見て回ったりするんですけど、

その中で

「金は天下の回りもの」

という言葉が出てきました。

お金のブロックがどうとか、引き寄せがどうとかいう中にこれがあってすごく驚き。

だって一方で

「お金が手に入った時のことをリアルに想像する」

ともあるんです。

 

「金は天下の回りもの」

この言葉のインパクトが強いので、

さらに有名なので、

この言葉を言った途端に思考停止に陥っていませんかね??

 

「金は天下の回りもの」

を結論としてしまっている人が多くないすか??

 

「金は天下の回りもの」だからしょうがないとか、

「金は天下の回りもの」だからまだごにょごにょ・・・

 

こうなるとそれはすなわち思考停止なんだと思いました。

お金のことを考えるのをやめてしまう原因がこれ、

だからお金が稼げなくて、ブロックをなんとかしようとか思って頼ろうとする。

 

でもそういったサイトにもこれが書かれている・・・。

なんでエンドレスなんでしょう??

そして「金は天下の回りもの」と「お金が手に入った時のことをリアルに想像する」って相反するものだと思います。

だから超違和感がありました。

 

話はちょっと飛んで、去年の秋。。。

 

トランスパーソナル学会のお金と心理のセミナーに参加してきました。

心理を絡めるとまずお金ってどんなんや?

って話ですが、

 

お金=汚い

で教育されている人が多い。

「お金」と「セックス」と「死」を忌み嫌うような考え方は日本にめっちゃ根付いていますよね。

タブー視されています。

 

これは残念だしもったいないですねえという話です。

タブー視されているから、必要なことが教えられないまま、

なんとなく親とか周囲がやっているのを見て、自分もやってみる。使いだす。

 

「金は天下の回りもの」で思考停止しちゃう人ってたくさんいると思うのですが、このタブー視が原因なんだなと思いました。

タブー視されていることって探求できませんから、今以上の成果を求めるのが単純に難しくなりますよね。

だって自分が今どんな立ち位置でお金に携わっているのか分からないんだもの。

 

でもそれを「考えちゃダメ」って教わってきているから、分からない。

「考えちゃダメ」の理由はなに?

そう求めたとしても

 

「お金の話なんてやめなさい!」

「金は天下の回りものなんだから」

「金に汚いなんて恥ずかしい!」

 

 

こう答えられて生きてきたのなら、

やっぱり思考停止になるよね、うん。

 

と思いまして。

 

思考停止って、ただ停止するだけじゃ済まないのが怖いっすよね。

停止した途端に受動になるんだもの。

流れに任せて自分を預けてしまうの。

これは怖い。

 

特にお金に関しては、自分で働くなりしているのに、相手次第なんて、なんかもったいない。

だから思考しなくっちゃ。

 

でもどう考えたらええんや・・・

そこでまず今自分がどんな場所に立っているか考えようよ!

 

ってのがそのセミナーの前半でした。

お金と心理っていうと眉唾もたくさんありますけど、

お金が現実の物なので、

見えない世界の話ではないですよ(笑)

 

立ち位置はどこやん??

ってので分かりやすいのがやっぱりコレ。

キヨサキ先生の資本主義のコレです。

 

久しぶりにへっぽこイラレで作ったへっぽこイラストですみません。
久しぶりにへっぽこイラレで作ったへっぽこイラストですみません。

 

経済とか資本主義にすごーく詳しくなくて良いけど、

これくらい知ってても良いよね。

 

今自分はどこにいて、

そしてどこに向かっていきたいのか、

そのためにどうしたら良いのか?

それだけでも分かれば、思考停止ではなくなります。

 

お金を稼げない問題の敵は

環境や能力なんかじゃなく、

思考停止の自分の頭だったことに気付いたら

ちょっと広がらないかしら。

 

広げようとして引き寄せとか始めるのなら、

「金は天下の回りもの」って思考停止している場合じゃない。

この言葉の本当の意味も知らないとね。

 

セミナーではもっと色々なことを学んだのだけれど、

結局お金の壁を打ち破るには「教育」が必要なんだということ。

「知る」ことです。「知る」ってこと自体が能動的だし、

やはり知らないから知っている人に動かされてしまう。

 

天下の回りものではないんだなぁ。

どうやって回っているのか、勉強しなければ手に入らないもの、なんだなぁ。

 

あでも、この言葉を分かったうえで言うのは良いと思います。

一部の引き寄せなどでは

「金は天下の回りもの」

と言いながら一方で

「自分の元に必ず来ると考える」

と言うんで、これが矛盾しているなぁと思います。

 

「金は天下の回りもの」は

「だから今なくてもしょうがない」ではなく、

「金は天下の回りもの」というのなら、

自分以外のどこをどう回っているのか知る必要がある。

ってことよね??

 

あれば、循環しているはずなんだから、

自分の手元に来るはず!と考えると言っているんだよね。

だからやっぱり

「金は天下の回りもの」で思考を止めては何も変わらないんだよね。

 

だから怖がらずに、面倒がらずに、学んでみましょう。

「面倒だから」

「私数字は苦手だから」

「お金とかって良く分からないし誰かにやって欲しい」

 

こう言ってしまうのは、思考停止の典型例です。

お金に限らず、交流分析心理的には「思考するな」という禁止令の一つでもあります。

私もかつて入っていましたよ。

今は抑え込んでいます。

 

それはもったいないじゃん?

そう思って、ここ数年の私のモットーは

「恐れないこと」

になっています。挑戦はゆっくりですけどね。

でもおかげさまで、知っていくと楽しいのです。

 

ところで嬉しいこともあったんですよ。

3月5日のWBS(ワールドビジネスサテライト)でやっていたニュースなんですけど、エコノミクス甲子園のことでした。

 

クリックするとWBSに飛びます。

http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/feature/post_150700/

 

こうしたお金の教育を行うことで、思考が止まって考えられなくなることはなくなるんじゃないかと思います。

 

なんとなく親の真似をしたお金の使い方をすることも、

親と同じようなお金のタブーを作ることも、

資本主義でいわゆる奴隷階級にいなきゃいけないという思い込みもなくなります。

 

お金の話は汚い話ではないし、必要な話です。

お金を知ることは世界を知ることにつながるし、

若いからって理解できないわけではないですよね。

 

 

たとえばTVでインタビューされてた高校生は単純に知ることが面白い、どんどん興味がわくと言っていましたが、

この若者のように「面白い」という興味で学ぶことが大切だと感じました。

いいね。いいよ若者( ´∀`)bグッ!